日本人ランナーが作った、世界一遅いマラソン記録とは

 

タイム制限がないホノルルマラソンでは、フルマラソンが12時間を超えることが珍しくなく、その度に「それ、歩いた方が早くない!?」とツッコミを入れておりましたが、実際世界で一番遅いタイムはどれくらいなのでしょうか? おそらく市民ランナーの方も6~7時間くらいではないでしょうか? しかし過去には、ものすごい記録を作った人がいるのでご紹介します。

 

記録したのは日本人

日本において「マラソンの父」と呼ばれたのが、世界で一番遅い記録を持つ、金栗四三(かなくりしそう)さんです。1891年に熊本県で生まれ、箱根駅伝の開催に精を出したり、高地トレーニングを導入したり、されたそうです。

 

最も遅いタイムを記録したのはオリンピック!?

金栗さんは1911年に、ストックホルムオリンピックの予選会で当時の世界記録を27分も縮め、2時間32分45秒(当時は25マイル=40.225km)を記録したそうです。この成績で、晴れてオリンピック出場を決め、1912年のストックホルムオリンピックに参加されました。

 

そこで思わぬハプニング!

金栗さんはストックホルムオリンピックのレース中に、日射病で倒れてしまいました。倒れた要因はたくさんあるようですが、この日は40℃まで気温が上がり、参加したランナーの半数がリタイア、更に翌日に死亡したランナーまでいたそうです。
金栗さんは日射病で倒れましたが、近くの農家さんに介抱され、競技が終わった翌日の朝に目覚めたそうです。そのため、そのまま帰国されました。

 

それでも金栗さんはゴールをした!そのタイムは!?

マラソン中に消えた日本人ランナーは、オリンピック開催地のスウェーデンではしばらく話題となったそうです。実は金栗さんは、アントワープオリンピックやパリオリンピックにも出場していましたが、ストックホルムオリンピックでは棄権の意思がオリンピック委員会に伝わっておらず、「競技中に疾走して行方不明」として扱われていたそうです。
しかし、1967年、ストックホルムオリンピック開催55周年を記念する式典が開催され、金栗さんが招待されました。招待された金栗さんは、式典会場の競技場をゆっくりと走り、ついに用意されていたゴールテープを切りました。この時、「日本の金栗、ただいまゴールイン。タイム、54年と8ヶ月6日5時間32分20秒3、これをもって第5回ストックホルムオリンピック大会の全日程を終了します」とアナウンスされたそうです。

 

塗り替えられない記録

54年8カ月6日5時間32分20秒3という数字は、これから破られることはなかなかないと思いますが、金栗さんの「体力、気力、努力」という言葉は今も残っています(92歳で死去されました)。

 

Photo by wikipedia

「ラン(マラソン)で結ぶ」をコンセプトに、主に海外マラソンの情報と魅力を中心に発信しています。スタッフ全員が、マラソン(特に海外マラソン)が大好きで、たくさんの人に海外マラソンの楽しさを広めたいと思っています!

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